わたしにはトラ子という愛人(猫)がいる。出会ったのは散歩の途中の丘の上。待ってました!と言わんばかりに飛び出してきて「ミャー」と鳴いた。そして、あれ?という様子でウロウロすると、お母さんを間違えた子どものように、わたしの後を歩く老夫婦のもとへ駆け寄った。7、8年前の出来事だろうか。はっきりとは覚えていないけれど。
トラ子の寝床の場所が変わり、いつしかわたしは老夫婦の代わりにお世話係のひとりになったらしい。詳しい人数はわからないけれど、近所のおじさんがそんなようなことを言っていた。いわゆる、地域ネコってやつです。
愛人は本妻にないものを持っている。それがたまらない。トラ子には愛嬌があり、おねだりが上手である。わたしの足音を耳にすると遠くからかすれ声で鳴いて走ってくる。その姿を見るたびに、目尻はおもいきり下がり、満面の笑みになる。花子のことなど一瞬も思い出さない。薄情なものである。
あるとき、赤い口紅のおばさまに話しかけられトラ子の素性を知る。子猫を産んで、その何匹かは死んだりもらわれていったこと。その後、おばさまが避妊手術してやったこと。何度か家につれていったが、外が好きで出ていってしまうこと。もう14、5歳になること。そうか、トラ子もおばあさんになったんだね。
この頃、痩せて歩くのがしんどそう。心配よ。トラ子のいない毎日なんて考えられないよ、長生きしてちょうだい。
そんなわたしの心を知ってか知らずか、お腹いっぱいになると、ぷいっと行ってしまう。あんなに熱烈歓迎してくれたというのに。愛人はつめたい。それでも通ってしまう。わたしはなんて哀れな人間なのだろう。外ではトラ子、家では花子の下僕としてお仕えしております。