花子さん、おばあさんになる

人間年齢88歳の老いねこ日記

病院の生活

前回のつづき

  手術2日前の入院。検査や手術の説明を聞く以外は特にすることがない。入院生活はヒマだろうと予想し、モバイルWi-Fiを契約してMacBookを持ち込んだ。久々にブログを更新したり、仕事のメールを送ったり結構やることはある。この時点ではまだ患者の意識ゼロ。それに、手術は初めてではないのでそれほど緊張感はない。レンタルパジャマの上は、はだけて胸が丸見えなのでTシャツのまま過ごす。

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 ここの病院は個室料金が安くて7000円ちょっと。保険で1日5000円出るから、個室にしちゃおう!と思ったら空きがなくて、4人部屋になった。患者の年齢層は高め。洗面所でおじいさんに「あんた若いのに気の毒にねえ」と声かけられた。

  病室では70歳と78歳のマダムと同室。普段なら、おばさまと喋るのは得意分野なのだけど、78歳のおばはんが、看護師さんたちに「いくつ?彼氏は?結婚は?」と大声で質問しているのが嫌でも聞こえてきて、こりゃ隙を見せたら面倒だとおもい会釈だけしておいた。 

 お楽しみは夕食前のNHK朝ドラ「カーネション」の再放送。イヤホンをして寝転がって見ようとおもったら短くて出来ない。ラジオ用を持ってきてしまった...。

 

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 隣のマダムの咳が一晩中続いていた。耳栓をしても気になる。熟睡できない。そこにきて朝5時、ブラインドをガーッと開けて、78歳と70歳が大声でおしゃべりを始めた。孫は何人いて何してるとか...。ええ〜、6時起床なのに早過ぎじゃろ〜〜。個室、個室。。個室は空かんか?

 

 手術当日は、朝ごはん抜きだからすることがなくてヒマだ。朝6時からワイドショーをつけてるから、同じ話題ばかり見ている。歌丸さんの訃報は入院した日に、ヤフーニュースの速報で知った。もしかしたら、今わたしのいる病院から旅立ったかもしれないという噂がある。ま、怪しいけれど、それならそれでなんとなく感慨深い。

 

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 時間になったので、手術着をひらひらさせながら眺めのいい渡り廊下を渡り、手術室へ向かった。リラクゼーション音楽がうすーく流れている。背中を丸めて麻酔をされる。次にマスクする。そして、わたしの記憶はすっかり飛び、目が覚めたらICUにいた。第一声は「暑い」とにかく暑かった。痛いは次。

 

 

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 手術は内視鏡だけで出来たと聞きホッとする。ただ、5時間もかかったという。先生たちも大変だが、待機していた両親も疲れたことだろう。ありがたや〜。ま、そんな殊勝なきもちでいられたのも目が覚めた直後だけで、そのあとは、あ〜も〜いやだ〜この状態から助け出してくれ〜生き地獄だあ〜ときもちが暴れた。

  わたしのベッドからは壁かけ時計が見える。両親が帰ったのが夕方前。なのに、いつまでたっても時計の針は夕方を指している。痛い。ヒマ。痛い。ヒマ。痛い。ヒマ。傷もズキズキするけれど、この状態で意識があることがつらい。睡眠薬で眠らせてほしい。

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 ちっとも進まない時計を見て、どうしたらこの超退屈な時間をやりすごせるだろう...と考えた。頭しか自由ではないのだから、ここは「妄想」をするしかないだろう。ということで、あれやこれや想像した。まず、ここを出て一般病棟に移ってのびのびするわたし。退院して友だちとわいわい遊んでるわたし。もっと先のむふふな人生。そんなことを考えながら、眠ったり起きたりしていた。

 すると、看護師さんたちの会話が耳に入ってきた。「え?これシモダアユミさんの?」「あ!そうだ...」「わ...。でも、奇跡的に」「うん、奇跡的に」「あ〜、奇跡だね」「うん」。え〜!何何?何をうっかりしてたのよ看護師さん!聞きたいけど、意識がもうろうとして聞けない。奇跡が起きて大丈夫だったんだから、まあ良しとするけど...。

 

 救急車のサイレンの音がして目を開ける。時計を見ると夜10時過ぎ。腰が痛くてちょっと浮かせて位置を変える。しかし、腰よりも背中が妙に痛い。なんとなく不安で、はじめてナースコールのボタンを押した。背中のチューブを見た看護師さんが「あら!血!何か漏れ出てるわ。先生に診てもらいましょう」と言う。ところが「霜田さん、ごめんね。急患で先生たちみんないないので待っててね」。背中をまくらで浮かせた姿勢で待たされ、そのまま寝てしまった。先生がきて「どれどれ」と診てくれたのは夜中の2時近く。え〜、ずいぶんほっとかれたなあ。すると「もぞもぞ動いて液が漏れただけだから、カットバン貼っておいて」と指示して先生は消えた。

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  翌朝、「朝食です!」とベッドの角度を変えられて起き上がる。イテテテテテ。朝ごはん?この状態で?テーブルの上に白い朝食が並ぶ。冷奴、お粥、ヨーグルト。看護師さんが「お豆腐に醤油かけますか?」と聞く。醤油をかけてもらっても食べられる自信がない。「みなさん、こんな状態でも食べるんですかねえ」「完食するひと、見るのも嫌ってひと、色々ですね」「はあ。ヨーグルトだけ食べようかな...。あの...スプーンを...」。ここは醤油の気遣いよりスプーンでしょ、スプーン。

  そして、朝ごはんのあとしばらくして、ICUから病室に移った。「車椅子に乗れますか?」と聞かれ「無理な気がします」と答えたので、ベッドからベッドに移されてガラガラと運ばれた。「個室が空いたので個室ですよ〜」と聞き、段差でガタン!となる振動すらうれしかった。

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    お昼ごはんは自力で食べられず、母に食べさせてもらったけれど、早くいろんな管から解放されたい!その一心で、ベッドを直角に起こして自力で晩ごはんを食べた。

 管がぜんぶ取れて、自由に売店に行かれるようになると、どんどん回復していった。めずらしいお菓子やアイスを買いに、週刊誌を立ち読みしに、売店へ行くのだけが楽しみであり、運動であった。  もうイヤホンなしでテレビを見られるし、アマゾンプライムで映画も見られるし音楽も聴ける。自分専用の冷蔵庫と洗面所もある。地獄から一気に極楽へ来た。うれしいうれしい。

 しかし、テレビを見ると、オウム事件の死刑執行、西日本の豪雨被害と、日本はずっしり重い空気に包まれていた。そんなこともあって、テレビは消していることが多かったが、明け方に目が覚めてしまい、なんとなく電源を入れたらサッカーW杯をやっていた。ぼんやり眺めているとPK戦になって興奮した。あれ、どことどこの国の対戦だったけな。興奮したわりに覚えていない。

 

 そんなこんなで10日間と言われていた入院生活も8日目に退院することが出来た。予定より早まって良かった。とは言っても、まだ傷は痛い。重たいカバンを持つのは無理があったので母に持ってもらい電車で帰ろうとしたら、クレーム発生。「腰が痛くて持てないわよ!」。タクシーで帰った。

 

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 久々の我が家では猫が喜んで迎えてくれた、なんてことはなくて完全無視。性格は熟知しているけれど、つくづく薄情なやつだ。ベランダの植物たちに水をやり、溜まってたあれこれを片付けて、これでやっといつもの日常生活だ〜!

...と、喜んだのもつかの間。絶不調生活はその先にあった。

 

つづく